
呼吸法 気功研究会での呼吸法 気功療法によって、治りにくいとされる、
ガンを克服し、さらに元気な身体をつくり、活躍をしている方々が、沢山
いらっしゃいます。
そのうちの一部の方々に登場していただきました。
呼吸法研究会に入会して6年3ヶ月になります。入会したときは、自分は体も心も何の
問題もない、と思っていましたが、やがて「問題大おり」だった自分に気付かされていき
ます。 1ヶ月目に首が回らなくなり、1年目に子宮頚がんになりかかりました。廣川先生
に「かなり強いマイナスエネルギー(ストレス)が出ている」と言われ、自分の生きてきた環境や受け
たダメージ、蓄積したストレスを考えると、我が身がかわいそうにもなりました。この体
の変調は、呼吸法を始めたことによって体が出口を得、今までため込んだ物を排出しよう
としているのだと思いました。長い苦しい時期がありましたが呼吸法に通うことで乗り越
え、今振り返ってみれば心身ともにとても元気に変わった自分に驚きます。
例えば、昨年はこんな様子でした。
仕事面では、市町村合併で村から市になり、全く知らない大きな組織の中で仕事をする
ことになりました。一つ一つ全てが新しく、分からないことの山です。学校でワンポスト
の私が「分からない」では事が進まないので、何とかしていくわけですが、精神的にも体力的にも結構大変だったと思います。実際大変だったのですが、そこに、そんなに大変と
も感じていない自分がいました。
家庭生活では、義父母、単身赴任の夫、娘の5人暮らしでしたが、義父が長い闘病生活
の末、6月に亡くなりました。最後の1年間は、入退院を繰り返し、何度夜中に救急車に
乗ったか数えきれません。退院する毎に衰弱し、終いにはトイレに行くのも大変になった
義父の様子に、私は仕事を辞めて看病しなければならないのだろうか、長く入院させてく
れる病院はないだろうかと考え込みました。仕事は、私にとってとても大切なこと、仕事
が楽しいから、義父母との暮らしも過ごしてこられたので、辞めるのは嫌でした。そんな
ことを悩んでいるところに主治医から、義父はもう自宅には戻れない状態になっているこ
とを知らされ、それから1ヶ月で義父は息を引き取りました。最期は、夫と交替で病院に
泊まり、義母が家にいるので家のこともし、仕事にも行くという日が続きました。最期は
ずっと義父のそばについて、手を握っていてやることが出来ました。そして葬儀、それに
伴う諸々のことが次々とありました。大変だったのですが、渦中もそれが過ぎてからも、
やはり、あまり大変さを感じていませんでした。
このように、身体的にも精神的にもたくましくなったと感じます。呼吸法を始める前は、
いつも一人になると、考えても仕方のない、考えない方がよいことをぐるぐると考え続け
ていたのですが、いつの間にかそういうことがなくなり、本当に楽になりました。「自分
にエネルギーがあると、自分のこともうまく運べるし、他人のためにも考えたり、行動出
来たりする。」と廣川先生から伺ったことが、自分の体験を通して少しずつ実感できるように
なりました。
それから人間ドッグでの事です。呼吸法気功研究会入会以来、毎年人間ドッグの数値が良い方に変わっています。年を重ねると悪くなる数値が多いのに、逆に毎年良くなっている項目が多いのには、私だけでなく、夫も担当医も不思議だと言っています。心身共に元気になりながら年齢を重ねられる事を大変、楽しい事と感じている今日この頃です。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Mさん コメント
Mさんは、大変、密度の濃い日々の中で、呼吸法気功療法ではなく、主に呼吸法教室でのガンからの回復です。ご本人のガンからの回復の経験をされた事を、私は稽古場で見守っていました。
なにせ、主婦、小学校の教頭先生(当時)、それも市・町・村合併の大変さの中で、そして、義父の看病と、看取るまでのお世話、義母のお世話も・・・と全く、プライベートな時間などない数年間だった事でしょう。
こんな、普通の人なら間違いなく、ガンが進行してしまうストレスだらけの環境でありながら、しっかり、先ず自らのガンからの回復を実現し、人間ドックの数値も年を重ねながら良くなっているのも、「週3回の稽古を続けるという事と、日々の呼吸法稽古」という、ベストプライオリティー(最優先事項)をしっかりキープし続けた結果です。Mさん、あなたの感性と実行力が、この様な素晴らしいガンからの回復の結果をつくり上げました。
いつも明るく前向きで、誰にでも話を合わせて笑顔で接し、頼まれた仕事はプラスαを加え、休みなしでも徹夜をしてでも責任を持って完璧に仕上げ・・・。バリバリと仕事をこなす積極的な自分を気に入っていた私でしたが、体力を過信して能力を超える生活を身体に強いていたのでしょう。このまま行けばいつか病気になると心の底で予感していましたが、体からの悲鳴がとうとう現実の通知となって届いてしまいました。
平成21年12月21日の朝、職場のデスクで私宛に届いたH病院からの健康診断結果を開けたら「精密検査を必要とします」、E判定2件、C判定3件、B判定1件と書いてありました。何これ?これが今の私の身体?これってボロボロじゃん!検診の結果、膵脳胞の疑い、婦人科細胞診クラスVb、萎縮性表層性胃炎、肝内石灰化像の疑い、子宮頸部びらん、尿潜血反応が明らかになったのです。
私はこれまで特に入院するような大病をしたことはなく、健康に生んでくれた両親に感謝と思って過ごしてきました。しかし、社会人になってからは、複数の仕事と子育てと家族の病気やトラブル等々で、心にも体にもほとんど余裕のないストレスフルな毎日を過ごしていました。これに加え、一年前に車の追突事故に遭い、首から腰にかけてのむち打ち症状と相手方の保険会社とのトラブルに悩まされていました。多重のストレス解消法は、帰宅後の大量の料理作りと飲酒でした。そんな私がこの体からの通知を境に、生まれて初めて自分の体、そして命と真剣に向き合うことになりました。
すぐに要精密検査(=E判定)の膵脳胞と婦人科細胞診クラスVbについて、インターネットや本で調べてみましたが、調べれば調べるほど死への不安や恐怖にかきたてられました。病気になってしまった自分を責めては泣き、夫に当たり気持ちはどん底。出かけたり買い物したりする気力も失せ、眠りも浅く寝汗をかいたり自分のお葬式の夢を見たり。食事も満足にのどを通らなくなってしまいました。
翌年のお正月休み明けすぐにG大学病院で精密検査を受けました。びっくりしたのは同一人物の身体なのに、消化器科(膵脳胞)と婦人科では血液検査、CT検査など互いのデーターには目もくれず、食生活やストレスとの因果関係などは話にも取り合ってもらえず、ただそれぞれの部分的な症状をみる診療だったこと。全体、全身から看るホリステックな医療なんて店違いという雰囲気でした。特に婦人科では医師の淡々とした事務的な話しぶりに打ちひしがれました。細胞診の結果は子宮頸部上皮内癌でしたが、いきなり子宮全摘手術の話になり、しかも手術は複数いる医師の誰になるかは直前まで分からないと言われました。思いがけない手術の話、しかも担当医もはっきりとしない大病院の現実に、私は岩で頭を殴られ麻痺してしまったような感覚になりました。自然治癒を期待して経過観察したいと申し出ると、「これは死に至る病。自然軽癒の可能性は20〜30%だが70%は進行する。手術する、しないはあなたが決めることですが、危険性について分かっていますか。」と表情も変えずに問い返されました。その場では対面のなりゆきもあって、手術の予約を3月下旬に入れましたが、私はこのままここにお世話になっていたらもっと病気になってしまう、3月までに何とか自然治癒の方向に向くよう、自分の体に責任を持って、色んなことを試していこうと決意しました。
実は私は大学生の頃、手術が必要と医者にいわれるほどの酷い扁桃炎を、たった二回の鍼灸&整体で治したことがありました。当時大学の指導教員から過酷な研究生活を要求され、それに真面目に応え、体にむち打って取り組んでいたために発生したストレスと体の歪みが原因でした。その時に少しの間でしたが研究から離れ、時間に余裕のある生活に切り替え、鍼灸整体で身体の歪みを整えていったら、扁桃炎は切除することなく自然治癒していきました。以後は一度も炎症を起こしたことがありません。だから今回もきっと大丈夫。今の限界生活を思い切って変え、ボロボロにしてしまった体を以前よりもっと健康でピカピカな身体にしてあげよう。私は自分をごまかさず、私が本当にやりたかったことだけをやっていこう。そう強く決意しました。たまたま書店で目に飛び込んできた安保徹先生他の著作にも勇気をもらいました。それからの私は、療養時間を確保するため常勤職を思い切って退職し、玄米菜食料理、鍼灸整体治療や血液検査をもとにしたサプリメント治療、ホメオパシー療法、アントロポゾフィー治療、岩盤浴等々、自分に向かってくるご縁をどんどん取り入れていきました。
この呼吸法(気功)研究会は2月中旬、明日から病気休暇という前の日にネット検索をしていて知りました。ここ数年の運動不足と息の浅さをとても気になっていたので、それも体改善にいいだろうと考え、近くに通える呼吸法のクラスがないかと探していたら、すぐにヒットしました。会場は県立武道館。自宅からも近く、仕事でも長年使っていた思い出深い場所でした。これも大きなご縁だと思った私はすぐに廣川先生にお電話しました。状態を話すと先生は「大丈夫!ガンは回復の出来る病気だよ。もう心配するのはやめなさい。明日にでもお稽古にいらっしゃい。」と明るく言ってくれました。暗い道を手探りで歩いていた私に、先生の言葉は光のようでした。はやる気持ちで翌日お稽古場に向かうと、様々な年齢の方が気持ちよさそうに体を動かしていました。自分を感じながら伸び伸びと深く呼吸をして、心まで開放しているように動いていました。それを見て私も動きたくてたまらなくなり、「私もこんな風に自由になれる体が欲しい!」と思いました。それからというもの、週2日くらいのペースでお稽古に通い、3月から外気療法も同時に始めました。
廣川先生は、「病気にならないためには簡単。口呼吸をやめる。体を温める。毎日足芯呼吸をする。ゆったりとすごす。そして、気 生命エネルギー。たったこれだけ。」と教えてくれました。ついつい今までの“頭人間”に支配されそうになる私ですが、細胞一つ一つが輝く“体人間”の重要さを思い出させてくれるのがお稽古の時間です。会員の皆さんはいつも温かく迎えてくれます。中には私のように病を改善するために通っている方もいらっしゃいます。お稽古場に流れる真摯でピュアな気の流れが私のエネルギーとなっていきます。
お稽古と外気療法を始めてまもなく、右足から足裏にかけてポワン、ポワンと熱が流れるような不思議な感覚がありました。また、いきなり高熱がでたり、だるくて起きられなかったり、わけもなく感情的になったりする日がありました。廣川先生によると、それは体の中のストレス(マイナスエネルギー)が体の外にでているゆえの症状なのだそうです。4月頃からゆったりとした気分を感じる日が増え、体も軽く温かく、顔色もつやつやになってきました。5月に受けた婦人科細胞診では悲願のクラスUになりました。
気功研究会に入ってまだ4ヶ月ですが、こんな短期間なのに体が変わり、必要な出会いや情報もどんどん飛び込んできて驚いています。昨年末までの私が別人のよう。何より私は今までになく素直に生きていると感じています。廣川先生は「それが本来の命の運び。命の運びとはすなわち運命のこと。」と言うでしょう。自分の人生(命)に責任を持って生きる(運ぶ)。その心を教え、鍛えてくれる大切な場が、私にとっての気功研究会です。もっとピカピカになります。この先が楽しみです。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Hさん コメント
とても頑張り屋で、周囲に細やかに気を遣うHさん、日頃の頑張りすぎと交通事故でのムチ打ち症による、気・生命エネルギーの渋滞がガン発症の引き金になった様ですね。
お電話で初めてお話しした時、涙ながらに、自分の意見を主治医に聞いてもらえなかっただけでなく、本人が同意していなかったのに「手術の日程まで決まっているのはおかしい。」と訴えていましたね。私も随分酷な事をするものだ、と思いました。
呼吸法 気功教室での稽古をしながら、外気療法も行うコースの選択でしたね。この呼吸法 気功療法の考え方を理解するまでの1カ月位、ガンバリ屋さんを通していましたが、理解するや、ガンからの回復の道を一直線に歩みはじめたのも、Hさんの切り替えの早さですね。 わずか、2カ月と少々の時間で、クラスUまでの回復、嬉しそうでしたね。 この頃からお体の方はストレスの放出が本格的になった事を実感していた様です。 ガンからの回復の体験と共に、呼吸法 気功教室では、次の生き方のイメージまで捉えていた様でした。ガンからの回復で元気になったお体で、楽しく充実した日々をお過ごしください。
私の仕事は看護師です。それも、病院の内科に勤務しています。病院では、若い、多くの方々が、比較的元気なお体で入院され、半年〜1年足らずでガンの治療の最中に、本人の痛々しい努力や周囲の努力むなしく、短い生涯を終えられるケースを毎週のように見て、ガンは恐い病気だ。と思っていました。しかし、ガンへのアプローチが病気の原因に根ざしたものであれば、決して、恐くはない事が、今回の私自身のガンとの闘いで、わかりました。ガンが治り、命が延びた今、このことだけでは、感謝の気持ちにもならないと思い、私が、今まで、病気を回復させて、元気な体を取り戻す方法として、視野に全く入っていなかった「遠隔外気療法」(遠隔気功療法)で、「リンパガンが治った。」ことを約、半年強の時間で、大変明確な、結果として、経験する事が出来ました。
私自身の中に留めておくだけでは、大変、勿体ない貴重な経験だと、感じましたので、呼吸法 気功研究会の廣川先生にお世話になりながら、大事だと思われたことは、先生にインタビューさせていただき、経験をまとめてみました。よろしかったら、今、ガンで苦しんでいる方、ご参考になさってください。
今回の病気の症状の始まりは、平成20年、正月、手足と胸に強力な痛みを感じ、T大学病院に入院したことから始まります。様々な処置をしましたが、回復どころか、痛みは強くなる一方、全く、うなされ、眠れない日々が続く、そんな時、母がホームページを見て、廣川先生に連絡、1回の施術で、痛みがほぼ消え、安眠が出来るように。ほとんど、出来なくなった歩行も一週間で出来るように。
そして、退院の時の検査でリンパガンが見つかり、そのまま、しばらく入院、動けない時は、病院ベッドから、動ける時は、ロビーから、あるいは、自宅に居る時は、自宅から、携帯電話を通じての遠隔外気療法(遠隔気功療法)を週3回実施し、抗ガン剤と併用し、1クール約、半年の間に、ガンの反応は無くなる。抗ガン剤投与により、少なくなるはずの、白血球の数値も、投与直後にいったん、下がるが、すぐに回復し、増えてゆく。1クールの終わり頃、10.000を超え、一般の健康人、以上の数値に。
私は平成20年の正月に体調を崩しました。初めは胸と手が痛く苦しくなり、次第に、足が痛くなり、歩行もままならなくなってしまいました。T大学病院に入院し、痛みは良くなるかな?と期待をしていましたが、色々な処置を試みましたが、日を追うごとに、痛みは強く、体に響くようになって、痛みの数値もどんどん強くなって、夜も眠れなくなってしまいました。トイレに行く時の歩行は、お年寄りの様な歩きになってしまい、入院時、1分かからずに行けたトイレが2〜3分かけないと行けなくなり、歩けなくなるのではないか?と心配になりました。そんな、私を見かねて、母は「このままではいけない、なんとかしなければ!」と思ったそうです。
ホームページを調べ、「呼吸法 気功研究会の廣川先生」に私のこの訳のわからない痛みとの闘いに、終止符を打つことが出来ないものか?とお願いのお電話をさせていただいた。」とのことです。
私は呼吸法 気功のことは今まで触れたことのない世界なので、こんな、離れたところで、電話を通じて、体がどうこうなるということことは、信じられませんでしたが、「とにかく、この痛みをなんとかしてくれるものがあれば、何にでもすがりたい心境でした。」そして、先生と連絡が付いた、その日から、施術は始まりました。とりあえず、「1日置おきに施術を繰り返し、様子を見ましょう。」と言うことで施術がスタートしたそうです。
そして、第一回目の施術開始、丹田に気 生命エネルギーを送って頂き始めて少ししたら、胸の痛みが楽になり、手から痛みが出ていくような感じがしました。そうしたら、すぐに、眠気が私を襲ってきました。その後は睡眠の為、何も覚えていません。「たた、暖かいものに包まれて、安心している事を感じていた。」そして、20時間くらい、ただ、眠っていたそうです。目が覚めたら、手足の痛みはほとんどなく、手足のむくみ、と少しの痛みの残りを感じていました。そして、思いました。なんだったんだろう?あの痛みは?目が覚めてから、トイレにもスムーズのいけるようになり、ました。「気ってすごい!!」と思いました。わずか、数分で眠り始めた私を見て、母は安心と共に、「ありがたい、ありがとう。」を繰り返し、ただ、ただ、涙が出てとまらなかったそうです。
胸と手足の痛みとの闘いは、一週間程で終わりました。そして、退院の前の検査の時、「胸に陰があるので、検査の必要あり。」と言われ、検査をしたら、リンパにガンがあることが、わかりました。2年前、私は、子宮ガンをやっていたので、再発のリンパガンです。胸や、手足の痛みはこの、リンパガンから来ていたようです。
そして、母がこのことを廣川先生にご相談に、ガンの再発がわかった翌日、群馬にお邪魔したとのこと。そして、廣川先生は、母に一言、「ガンは正しく対処すれば必ず治る病気です。この会では沢山の人がガンから回復をしています。それをやりましょう。」といわれたそうです。病気が治ってから、母に聞いた話ですが、以前のガンの担当医からは、「このパターンのガンの生存率は10パーセントより、ズット小さいと言われ、さらに、このリンパガンの位置は、幾つかの臓器や血管が近くに有るため、手術は難しい。」と言われ、気落ちしていたところに、「正しく対処すれば治る病気。」確信に満ちた言葉を聞けたため、また、涙が出て、止まらなかったそうです。先生、泣きべその母で大変、失礼しました。
正しい対処とは、母から何度も、何度も聞かされましたので、覚えてしまいました。
1.悪い呼吸(口呼吸)からの決別。(目覚めてる時ばかりげなく、眠っている時も、口呼吸をしないこと。身体にばい菌は入れない。体に入ったばい菌は免疫を中心にした体内環境を乱す。)
2.体にはエネルギーを十分与え続けること。(生命エネルギーを身体に。たべもの、気分を含め、明るい、楽しい環境づくり等、)
3.体は、冷やさないで、あたためること。
を言われたそうで、私は寝て居るときに口を開けていたり、イビキをかいたとき、口呼吸をしていたり、母は私の口呼吸が気になっていたそうで、これを機に口呼吸を止めさせる決意をしたそうです。
それと、新潟大学の安保先生の著書「免疫学問答」を「ガンに関しては、エネルギーの事は、解っていないし、書かれていないけど、エネルギーのこと以外は、この本の内容でいいと思う。」と廣川先生に、1冊いただいて、理論武装したそうです。
そして、リンパガンを対象にした施術が始まりました。胸の痛みの入院で、二週間近く、ほとんど、眠れない日々が続いた直後なので「、基本は1日おきに1回一時間程度。の施術をしながら、新しい展開があったら、その都度対処してゆく。」ということでした。この頃、施術の時、何かを感じるということはとりわけ、ありませんでした。ただ、施術が終わった頃、体が、少し、暖かくなり、なんだか、落ち着いた気分になりました。
施術は母が群馬から帰って来た、その日から、無理をいって、開始をお願いしました。そして、母と私の夫の家族の間では、私の病気の病院での、治療方針について、話し合われたそうですが、「抗ガン剤治療をまた、やることになった。」と、寂しそうに聞かされました。私は、前回の子宮ガンの時、も抗ガン剤の治療は経験しているので、「しょうがないな。」と思いました。母の考えは、「抗ガン剤は使いたくない。」と言う考えでしたので、両家の考えの間を取って、「出来るだけ、抗ガン剤の治療までの時間を延ばし、治療開始を決める前にガンの様子を検査して、どうしても必要ならば、投薬治療をする。」ということで、両家の話し合いはつきました。
このことを廣川先生にお話しすると、「身体が元気になり始める頃、ガンは大きくなったり、転移があったり、しますよ。」と言われました。先生から、いただいた「免疫学問答」にも、そのように書かれていました。どうしてなのか?と先生に母がお訪ねしたら、
「身体の細胞には身体のネットワークがあって、ガン細胞をやっつけるには、ガン細胞を食べる、白血球のグループの正常な活動が必要です。ガンを食べて処理する細胞達は、いきなり、気を照射してもストレートに元気になる訳ではありません。というのは、白血球の仲間は、腸管内臓系の活性ににより、元気になったり、元気が無くなったりします。腸管内臓系の動きと連動していることが、解っています。そして、腸管内臓系を元気にするには、病気を育ててしまう、交感神経の緊張した、体から、副交感神経の活性化した体にならなくてはなりません。その為には、気 生命エネルギーがその副交感神経の活性化を実行する役割をします。」このことは、気 生命エネルギーを照射すると、少しずつ、交感神経の緊張は沈静化してゆきます。そうすると、身体の活性は、だんだん高まってゆきます。
全ての細胞は生命エネルギーによって生かされています。身体の活性が高まり元気になるということは、ミトコンドリアのエネルギー産生能力が高まるということです。ガン細胞も生命体として、他の細胞同様、ミトコンドリアの生み出す生命エネルギーによって、生きて、活動をしています。
生命エネルギーを照射して、身体の細胞が元気に成るとガン細胞も一緒に活性化して、増殖を始めます。ですから、身体が元気になり始めたときに、身体内のガン細胞も、大きくなっったり、転移をしたりします。
しかし、身体のメカニズムはこのまま、終わるわけではありません。「身体の目的は、生きることです。」これからが、大事なこと。交感神経の緊張が解けて来ると、それに連動して、身体の免疫細胞が、活性化してきます。当然、免疫細胞である「白血球」も活性を取り戻し、本来の仕事を再開します。白血球の仲間の共同作業により、ガン細胞は包囲され、消化、吸収の対象となり、ガン細胞は退縮を余儀なくされます。その時、免疫細胞である白血球を活性化するために体は何度か発熱をして、その、ミトコンドリアを活性化して、ガン細胞にたいしょします。そして、このガン細胞をやっつけるスピードは白血球の活性です。白血球の活性を高めるのは、先ず、腸管内臓系に生命エネルギーである気を沢山、与えて、交感神経の緊張を解くこと。これも、継続して、行い続ける事。そうすると、免疫細胞である、白血球が元気に活性化する準備が出来る。そして、白血球達にどんどん生命エネルギーである気を照射してゆくと、本来の仕事、本来の自己(体の自分)でないガン細胞達をやっつけてくれる。ということです。
そして、ガン細胞が体が元気になり始める頃、大きくなるのは身体の細胞と連動していることをご理解いただいたと思います。そして、ガン細胞が小さくなるのは、腸管内臓系が活性化して、それに、連動した白血球が元気になり、ガンを攻撃するのに時間差が生じるため、ややこしい、この様な、ことが起きる。とのことです。
そして、施術を実行しながら、約、一ヶ月が経った頃、投薬をするかどうかの、検査をしました。体は大部元気になって、施術で、普段は眠いため、家では、横になっていました。肩や胸の痛みが時々出ましたが、施術ですぐ、おさまってしまいます。あと、手足が、よく、冷たく感じる様のなったのも、この頃でした。
この、冷たさは、どんな、意味があるのか?この頃、先生に聞いてみました。そうしたら、この様に答えていただきました。「手、足はエネルギーの出入り口です。足の冷たさは、主に、腰から来るもので、腰回りの(ストレス)マイナスエネルギーが足から、出て行く為、身体に蓄積されたストレスはプラスのエネルギーでないため冷たく感じたり、します。手に出てくる冷たさは、胸回り、に蓄積されたストレス(マイナスエネルギー)で、手を通じて、身体の外に、放出される時、冷たく感じます。」とのことでした。
あと、ガンの施術を開始して一週間位、経った頃。二回かなり高い熱が出て、大体、39度C近い熱がでました。これは、安保先生の本によると、身体内の細菌との闘いを有利に導く為の体全体のアクションではないか?と書かれていましたので、廣川先生にうかがったところ、「口呼吸で食べたばい菌をやっつけているんじゃない?」といわれました。私は、医療にたずさわる、仕事をしているのに、教科書にないことだから、口からばい菌を体に取り入れる呼吸をしていた自分が恥ずかしく思いました。
検査の結果は、やはり、「ガンは大きくなっていました。」私と母としては、「予定通り、大きくなった。」でしたが、「主人の家族はおおきくなってしまった。」とショックの様子、安保先生のの本を渡してもよんでくれません。投薬に対する方針を決めたとき「ガンはおおきくなる。」ことを、理解させておけばよかったのに!自分の事で、一杯で、主人の両親のことなんてわすれてしまっていました。でも、後手に廻ると、いろいろなことが、うまく行きません。結局、主人の両親に泣かれて、結局、私は「抗ガン剤の投薬はする。」ことになってしまいました。私と母は「今回のリンパガンの治療には手術、抗ガン剤、放射線の三大療法は使いたくなかったのですが・・・。」
もう一つ、ガンを対象にした施術を開始して、一ヶ月は、少しずつ体が元気になってゆく感じがしましたが、抗ガン剤の投薬を開始して、二回目の投薬が始まる頃、施術をしても、体が実感する事ができなくて、月に一度の抗ガン剤の投薬前のけんさのの頃、何故か?あせりの様なものが出てきました。先生は、「抗ガン剤自体が、細胞の活性をうばうまうものだから、身体の回復も、ゆっくりになるのは、しょうがないね。」と言われ、それもそうだ!と納得しました。
その間も施術は、隔日でリズミカルに続きました。体が抗ガン剤の投薬を受ける前日の施術時のこと、先生が「抗ガン剤は危ないと言いだされたのです。」投薬はするの決まっていたのにどうして?でも、理由は投薬時に解りました。抗ガン剤の投薬時に、二種類の投薬のうち、片方の薬が体に合わず、アレルギー反応を起こし、苦しく感じて、担当医に「苦しい」と伝えた時には、かなり、ぐったりしていました。抗ガン剤によるアレルギーでした。母にすぐに行動してもらい、すぐに、処置を担当医にしてもらいましたが、翌一日病院のベッド過ごすことになりました。施術のとき、廣川先生にこの事をお話すると、「やっぱり、一悶着あったか?!」と言われ、「私が訳の解らないことを言ったときは、要注意ですよ。」と言って笑っていたのが印象的でした。
抗ガン剤の投薬、三回目の頃から、白血球のの数値がどんどん高くなってゆくました。ワンクール6回の投薬でしたが、その後、どんどん増えて行き、6回が終わる頃には、10.000を超え、「一般の健康人よりいい数値ですね。」となぜか嬉しそうな担当医でしたが、変なの!白血球の再生と活性化は抗ガン剤はマイナスの働きこそすれ、プラスの働きはないのに!と滑稽な担当医の様子でした。この頃から施術のとき、気 生命エネルギーの感触を感じる身体部位とほとんど感じない身体部位のあることを、感じるようになっていました。
しかし、残念なことに、検査でいつも一緒だった、知り合いの女の子が、肝臓ガンが進み、面会謝絶になってしまったことを友人からの話で知りました。こんど合ったら、この廣川先生の気功療法のことを話そうと思っていたのに!そして、間もなく彼女は、他界してしまったと聞きました。悔やんでなりません。
そして、ワンクールの抗ガン剤の投薬を終えた頃には、血液検査やCTの検査、PETの検査全て、OKをいただき、それから、3ヶ月は週二回の施術を、そして、その2ヶ月後まで、週一度の施術と呼吸法を毎日、呼吸法はこの頃から、毎日の日課になっています。
母が、私のガンが発見された頃、廣川先生の「原因に根ざして対処すれば、ガンは治る病気」と言われたことが、いま、改めて思い浮かびますが、呼吸法 気功研究会の呼吸法 気功療法は、行動的なアプローチでガンの原因から、それを是正し、身体に蓄積したストレス(マイナスエネルギー)を気 生命エネルギーよって細胞レベルから放出させ、本来の、健康な身体を取り戻すことのできる、メソッド(方法論)である事を実感させて、いただきました。「本当に、本当にありがとうございました。」生存率は10パーセントより少ないと言われた、リンパガンから、元気に回復してきました。今、生きている事が本当に、新鮮に感じて、います。もう一度、生まれ変わったつもりで毎日にむかって行きます。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Iさん コメント
Iさん、とても内容のある長い文章、ありがとうございます。お母さんから、お電話をいただき、しばらく痛みで眠っていない様子を伺い、すぐ電話での遠隔外気療法・遠隔気功療法を実施しました。お母さんのお電話で「しっかり、一日まるまる眠っています。」そして、すぐに、痛みから回復されたのに続く、ガンからの回復の闘いが待っていました。再発の為、医師からの回復の可能性が「10%ない。」との事、心に重くのしかかって来ましたね。それは、気分の重さとして検査数値が好転し、ガンからの回復のストーリーが見えるまで続きました。でも、ねばり強く、毎日行っていた全身呼吸の実施で、ガンからの回復の展開がオセロゲームの様に変化し始めた時、不安は確信へと、変化していきましたね。それからが見事でした。ずっと毎日全身呼吸を2時間実施する毎日を退院後も続けましたね。ガンからの回復をし、お体が元気になるスピードも大幅にアップしました。
お仕事をする毎日に戻られても、大変スムーズでしたね。 これから様々な事を経験しながら、なりたい自分に向って行きましょう。
長男が、東京の大学へ、長女が受験を控え、胃ガンを発病、医師より、胃の摘出80パーセントを勧められる。知り合いで、同様の手術後、仕事が出来なくなってしまったひとの事が気になり、今は、まずいと悩む。知人に相談、廣川が呼吸法 気功をやっていると聞く。サイトを検索し、連絡、遠隔 外気療法を試みる、三ヶ月経った頃の検査で、炎症反応が弱くなり、4ヶ月目でほぼ消える。白血球が、健康体の数値と並び、5ヶ月目からは、上回る。身体の休養には気を遣い、職場や家庭で、周囲の協力を、得ながら管理職の仕事を続けながら、手術をせず、に胃ガンから回復。 「遠隔 外気療法」(遠隔 気功療法)
三年くらい前から、手足のシビレうを感じる様になる。手のシビレが強くなり、痛みになり始めた頃、時々、吐き気を経験する様に。人間ドックで「胃ガンの可能性あり、要検査」と言われ、その後、胃ガンと確定、何で今なんだ!と悩む。というのは、この春から長男が、東京の大学へ、来年は、長女も受験を控えており、我が家の家計は、ずっしり、私の肩にかかっていただけでなく、家内も、パートをもう一つ増やし、この時期を切り抜けようとしていた矢先のことでしたから。
3年くらい前から、手、足のシビレを感じる様になっていました。それが、痛みに変わり始めた頃の、人間ドックで「胃ガンの可能性あり、要、検査。」と言われ、その後、胃ガンと確定、頭の中は、永い間、水泳をやって来たので、健康には、自信があったはずなのに・・・。
そして、間もなく、医師より、胃を80パーセント摘出することをすすめられる。なぜ今なんだ!と途方に暮れる。と言うのは、少し前、私の会社の管理職が、同じ胃ガンで、胃を摘出する手術後、身体が大変弱くなり、仕事が出来なくなり、退職したばかり、でしたから・・・。自分とその方、が重なって、ショックが大きくなった様です。県内で水泳の友人で、医師をしている知人に相談したところ、かつて、水泳の強化コーチをしていた廣川コーチが、この十年と少し前から、西野流呼吸法を始め西野先生から何年もぶっ倒れるまでの稽古をつけて、もらっていたそうで、今は、強力な気を習得し、群馬で呼吸法 気功教室を主宰していると聞きました。家に戻ってホームページを検索すると、気功は身体にいいらしい。と言うこと以外、何だか、訳のわからない、世界があるらしい、と言うこと以外何も理解できなかったのですが、体験集を読むと、一人一人の人が、伸び伸びと自分のことを語っていたので、吸い込まれる様に読んでしまいました。色々な病気が治るんだ!とにかく相談してみよう!!
いつの間にか、何のためらいのない気持ちになっていました。
私にとって、廣川先生は、北陸の水泳界に彗星の様に現れて、そのまま自分の行きたい所に向かって行ってしまった。まだ、見たことのないタイプの水泳人でした。私の住む輪島市は、山中毅以来の水泳日本の復活をテーマにした県下でも、水泳の盛んな町でした。温水プールがなかったので、石川県記録は輪島の子供達は金沢の子供達ほどはなかったのですが、廣川コーチが登場して、半年と少しの時間で、能登記録が20種目以上塗り替えられる。その、一年後には100に近い、ほとんどの種目の記録の大幅な更新をしてしまう。さらに、廣川コーチの20人近い全ての選手が中部ジュニア選手権の標準記録を突破して名古屋の瑞穂のプールでの大会にわずか、1年半で出場してしまう。あの大会は応援が100人前後居て「場内アナウンスが、聞こえないから静かにするように!」と指導されていましたね。あんな、光景、私の水泳人生のなかで、始めてでした。そして、当時、4年はかかると言われていた全国レベルの選手づくりをわずか、3年で、してしまうなど、活躍の様子を見て、「敵ながら、あっぱれ!」いつの間にか、初めの頃の敵対心は、尊敬の気持ちに変わっていったんですよ。輪島の子供が、「ビッグななお」の選手に勝てなくても、叱る気に、ならなくなってしまった。そのくらい、廣川コーチのチーム選手達は、腹がすわって、ひたむきさが、にじみ出た、いいチームでしたね。
そんな、水泳コーチ時代の仕事の様子を知っていたので、きっと、頼りになって、力になってくれそうなので、「お願いしたい」と素直な、子供の様な気持ちになれました。そして、すぐ、解決したかったので、お電話をしました。「ガンは治る病気です、検査や治療は医師の先生と相談しながらおこなってください。しかし、大事なことは、人任せにしては、いけません。」と言われ、大事なことを人任せにしていたから、今、こんなに怖い思いを、しなくてはならなくなった事を、思いしらされました。施術は1週に三回40分、時間を決めて行う。毎日、呼吸法 気功の「基本動作」華松、を15分前後と全身呼吸を最低、30回(50分)、もっと出来る日はもっと行う。ことを言われました。
群馬の前橋から、石川県の能登半島の先端に近い、輪島どう考えても、400kmの距離、大丈夫か?という気持ちが先ず、よぎり、先生に質問したら、「まず、実施しながら、考えましょう。」との答え。とにかく、信頼するしかない!と思いました。
そして、第一回目の施術。「身体を慣らす為、2〜3回の施術は、時間を少なめに行います。」と言われ、少し不安になりましたが、施術に入ってからは、驚きの連続でした。400kmのかなたに、居るのに、身体の痛いところがどこか?不調なところは・・・。次々に、ここに居るような様子で、言い当てる。近くに居ても解らないことが、どうして、こんな遠くで、解るんだろう?距離の不安感は、初めの2〜3分でなくなって、しまいました。そして、初めての20分と少々の施術が終わったら、眠くて、眠くて、たまりませんでした。「そして、手足のシビレが痛みに変わる可能性があるので、痛くて我慢出来ない時は、お電話下さい。遠隔の気功療法で、痛みは、弱くすることは出来ますから、あと、胸の心臓のあたりのマイナスエネルギー(ストレス)の放出がありますので、不整脈がでるかもしれません。辛かったら、同じように携帯までお電話ください。費用はいただきません。」と言われ、電話を切った。でも、400kmの彼方からなぜ?人間の感性は、こんなに高められるものなのか?すごい!!となぜ??が同居して、第1回目の施術は終わった。
そして、翌日、目が覚めると、左足が冷たく、痛い。それと、左手がやはり、痛い、それと、心臓のあたりが、重く感じる。電話だ!すぐに先生の携帯に電話をした。「やはり、出ましたね。まず、手からゆきましょう。ゆったりと、痛いところを意識して。」と言われ、少しするとこわばりは、少し残ったが痛みはきえた。「あと、心臓でしょう?」と先に言われた。なんで??と思っているうちに、心臓が楽に成って不整脈が整ってきた。この、翌日の朝の事(遠隔 気功療法)で、距離に関する施術の不安は100パーセント解消してしまった。その後に「痛みや、治癒反応(好転反応)の説明を受け、この、痛みは必要な痛みなのだ!と理解する事が出来、「後は、私自身がやる、毎日の呼吸法を実践するだけだ!」と迷いなく、新鮮に思えた。
全身呼吸、こんなの簡単に出来るさ!と思って居たが、実際、やってみると、体がしんどくなる。10回で何とも言えない、気持ちの悪さが身体をおおう。しんどさを感じる。一気に30回行こうと思ったが、とても、やる気にならなくなってしまう。横になって、一服しながら、これって効きそう!とも、感じたが、しんどかった。30回をスタートして10日位は、3セットに分けて行った。10日を過ぎる頃から、20回プラス10回、20日した頃から30回が苦痛ではなくなった。そして、手足が温かくなったり、だんだん、気分が、この呼吸法を行うと、スッキリするようになり、好きになった。そして、「出来れば、多い方がいい。」と先生から、言われたので、もっと全身呼吸の回数を増やそうと、今まで30回、華松も含めて、約1時間の全身呼吸を50回、約一時間半、に増やした。
二か月を超える頃まで、手足のシビレと、足の冷たさ、特に。足の冷たさが、強く感じ不快だった。施術の時、先生に相談すると、「その、冷たさは、胃の病気の元となるストレス(マイナスエネルギー)や、腰、周辺のエネルギーバランスをとる為の、身体が行う、治癒反応(好転反応)です。これが、弱く成ると、ガンも力がなくなりますよ。身体は温める様に。」と言われ、少し、心配して、心が曇って居た自分が、目を覚ました感じに成りました。そして、それから、身体全体は、明らかに、1回、1回、の施術の度に元気さが、増すのを感じ、始めていた。
そして、この、胃ガンとの闘い、で一番大きな、自分との闘いを必要とする、「事件」が起きた。廣川先生からは、「身体が、元気になるころ、ガン細胞が、小さくなるのではなく、大きく成ることがある。」と聞いていた。「そんな、こともあるのか?」程度に聞いていた自分が、試された。2ヶ月目の病院での検査の報告で、「ガンが大分、大きくなっている。すぐ、手術すべきだ。」と医師に宣告された。一番、私の聞きたくない言葉を聞いてしまった。「少し、考えさせてください。」とその場はそれで、終わった。そして、心配になり、すぐに、廣川先生のところに、電話をした。先生は「生命エネルギーが増えると、体内の細胞を初めとする生物の共通の生命エネルギーが増えることにもなる。ガン細胞も細胞だから、ATPを初めとする生命エネルギーが、共通のエネルギー源になる。だから、こんな、現象が起きる。免疫細胞も、一緒に、元気になっているはずだから、もう少し、様子を見ながら、行きましょう。」少し、気持ちが落ち着いた。そして、翌日、廣川先生から、新潟大学の安保先生の「免疫学問答」という著書を送って頂き、このことのついて、別の視点から、私が、納得出来る内容で、易しく、書かれていたので、これを信じて、通り過ぎて行こうと、腹が固まり、担当医を説得した。担当医の先生は言葉に詰まっていた。
そして、その、二日後、胸が苦しくなり、仕事を早退した。帰宅すると、何だか悔しい様な、悲しいような、気分になった。居間のソファーに横になると、涙が出たかと思うと、大声で、訳もないのに、泣き出してしまった。なんで泣いて居るのか?泣いている自分が、解らなかったが、ただ,ただ泣いたら、身体がスッキリした。
そして、この一ヶ月後の検査で、ガンの炎症反応は、弱くなり、さらに、一ヶ月後には、炎症反応は、ほとんど、出なくなった。この頃、白血球の数字は、一般の私の年齢のレベルまで回復していた。その、一ヶ月後、施術を開始して、5ヶ月目には、白血球数は、9、700になり、ガン患者のくせに、一般に健康人の平均を上回っていた。この頃、やっと、体の中に巣くってしまったエイリアンに、影響されない自分を感じはじめていた。
そして、遠隔 気功療法(遠隔外気療法)をスタートして、もうすぐ5ヶ月に成る頃、あの、「手術をしましょう。」と言った、担当医の先生の口から、「Hさん、あなたの病気の経過は大変、いい状態です、検査は毎月でなく、一月おきにしましょう。」と心待ちにしていた言葉を聞く事が出来、「これからは、自分を過信せず、ストレスにも、気をつけた、生活をして行こう」と心から感じました。」そして、この事を、廣川先生にすぐに報告しました。先生の「良かった、本当に良かったね。」という声を聞きながら、また、涙と、鼻水と、何とも言えない、情けなさ、と安心が一緒になって、ただ、ただ泣いてしまいました。その後、同じ頻度でガンに成った体の体質改善に遠隔 外気療法の、施術の目的を変え、(1週間に三度の施術)を二ヶ月実施し、呼吸法 気功療法の遠隔気功の施術は終了しました。この、2ヶ月の施術は、だんだん身体から、力がみなぎってくる感触で、遠隔気功療法の施術を楽しみに毎日を送っていました。
でも、本当に不思議です。今から、20年と少し前、私と同じ水泳の世界をこよなく、愛していた敵チームの廣川コーチ(チームの子供達の迷いのない、上つかない真剣さでそれを、感じていました。)が今、私の「生きること」にここまで、強力に影響をおよぼして、いただく事になるとは・・・。そして、こんな世界があったとは・・・。本当に驚いています。こんな、ご縁をいただいた、私は、幸せものです。在り来たりですが、「廣川先生本当に、ありがとうございます。」先生が、いつも、言われていた「世界は生きている自分があって始めて、始まる。世界は今、生きている自分から!」が視野に入っている生き方が出来る様、遠距離のため、呼吸法 気功教室には通えませんが、呼吸法 気功の稽古はしっかり、続けます。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Hさん コメント
Hさん、私の石川県でのコーチ時代をご存じの方でしたので、大変懐かしく思いました。先ず、群馬の前橋から能登の輪島まで、300km近い距離をどうするのか?だいぶ不安だったご様子でしたね。でも、施術を開始して、Hさんの身体のストレスの様子が私の身体に投影される事をご理解いただいたので、目の前に私(廣川)が居る様な感覚になったと言われてましたね。私達の細胞は一つ一つが細胞ラジオの様なものなのです。ガンになられたタイミングが、お子さんの学費がかかるピークでしたね。又、職場の同僚が同じく胃ガンの切除をされ、思った様な回復が出来ず職場を去られた事もHさんの気持ちにしっかり残っていましたね。
そんな事があっての胃ガンからの回復の体験でしたが、やはり、Hさんのスピードで、仕事をしながらの回復は、大変。アドバイスを素直に聞き実践。ベストプライオリティー(最優先事項)をしっかり、実践した生活。社長に「ガンになったが仕事を続けながら回復させたいので、昼寝を1時間させてほしい。帰る時、職場の風呂で体を温めさせてほしい。」とかけ合って、協力を取りつけたのも、ガンからの回復にとって、いいコンディションを身体にもたらした事でしょう。
2ヶ月目の検査で大きくなったガンが5カ月目の2カ月に1回の検査にしましょうという数値の出るまで、苦しかったご様子でしたね。身体とはそういうもの。体が少しずつ元気になっている事が大事なのですね。それと大泣きでストレスを放出した事も大切な事件でした。 一つ一つの事をやり切る行動力はガンからの回復にとっても生きましたね。Hさんご家族にとっても、会社にとってもなくてはならない存在、ご無理なさらない様に、毎日の全身呼吸、しっかり行ってください。
悪性の末期卵巣ガンが消える。大泣きする度に、すがすがしい気持ちと身体に元気が・・・。「呼吸法 気功教室」「外気療法」
なぜ、この呼吸法 気功 教室で稽古を始めようと思ったか?初めて見てどのような変化があったか?
これを機会に考えてみようと思います。
呼吸法 気功 教室に通い始めた直接のキッカケは病気になったことでした。
昨年9月に、卵巣ガンの手術をしました。その後の病理検査で、ガンの種類が進行の早い、良くないタイプなので、1月に再手術をしましょうということになりました。
すぐ、抗ガン剤の治療が始まり、あまり深く考えることなく、受け入れました。
しかし、抗ガンの副作用が、とてもきつくて、こんな事、続けていたら、病気になっちゃう(本当に病気だったんですけれども。)と思い、結局、途中で中止することになりました。1月の手術もやめることにしました。医師はずいぶん手術を勧めてくれましたが、最後には、私の意見を、尊重してくれました。
それが昨年の12月のことです。家に帰ってきて、なにか体にいいことを始めようと思っているとき、ちょうど広告に呼吸法 気功 教室が載っていました。
1月から高崎で始まるとのことで申し込みました。
初めて呼吸法 気功 教室で稽古をしたときの印象は・・・?
とにかく、冬で暖房がなかったので、寒くて寒くて(現在の群馬県総合スポーツセンターは通年約20℃)、というのが一番心に残っています。
その中で先生は、とても楽しそうに華松をしていて、私は「そんなことしていて楽しいのかしら?」と思いつつ一緒に華松をしていました。なんだかわからないというのが、最初の思いだったと思います。でも、先生が稽古の始めや、終わりにしてくれる話は不思議とよくわかる事が多く、呼吸法 気功 教室で、稽古を少し長く続けてみようと、考えていました。
変わってきたと思ったのは、1月の末に部屋に一人で居たとき、なんだか涙が出て、大泣きしたときです。別に悲しいわけではなくて、体も温かくなってきて、涙が出ました。その時、「私、これからも生きていける。」と感じられました。医師には、今度、再発したら、治ることはないと言われていた。(ほぼ間違いなく再発しますと念を押され)(そんなこと念を押さなくてもいいと思いますけど)ていたので、私は生きる気は十分あったのですが、それでも、この先、生きてゆけるのか、時々、不安に思っていました。
そんな思いが、涙になって外へ出ていってれたのか?泣き終わった後、本当にすがすがしい気持ちでいっぱいでした。
呼吸法 気功 教室の稽古場の方も、冬から春へ季節が移るに従って、だんだん暖かくなり、来ているメンバーも、私自身も暖かくなっていきました。1月の末に起こったことが、4月と8月にもありました。そのたび元気になって行くようです。
<気>というものもはじめはよくわからなかったけれど、稽古を続けていくうちに、だんだん、感じられるようになりました。
9月に長野の飯綱高原へ遊びに行ったとき、手が温かくしびれるようなかんじになりました。体がとても気持ちよくて、ここにいい<気>が、たくさんあるんだなと思いました。泊まっていたところのオーナーに話すと、「ここに来るとそういってくれる人が多いんですよ。この前もネイティブ・アメリカン人たちが来てとてもいい気があるからと儀式をしてくれたんですよ。」と教えてくれました。
私自身も良い<気>を感じられる体になってきたようです。
今年の9月で、術後1年たちました。良くここまで元気になったと家族は言います。
すべて呼吸法(気功)おかげとは考えていませんが、大きな意味があったんだと思います。 私は人生で起こることに偶然は無いと思っています。病気になったのも必然。この呼吸法 気功 教室と出会ったのも必然だったんです。
そう考えると、私のガン細胞さえ、愛しいと思えるようになりました。
これから先、私の心と体がどう変わって行くのかとても楽しみです。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Tさん コメント
Tさん高崎教室は第一回目の稽古、小雪がちらつき寒かったね。今は一年を通して、20℃のいい温度環境に居るけど・・・。 今だから言うけど、Tさんが稽古を休んだ4月の初旬ちょうど桜が満開の頃、埼玉の熊谷からお母さんが稽古場に見えました。「あの子はお医者さんから、桜は見られない。」と言われていたんです。と話して頂きました。日を重ねながら、しっかり回復して行くTさんを見られて、私はガンからの回復は当然の事と思っていましたが、手術をしなかった事のリスクは常識の世界では、大きなものだったんですね。
Tさんはガンからの回復する生活をつくる為に、ケアマネージャーのお仕事を辞め、ゆったりとした日々の生活に切り替えましたね。これは、生活からのストレスを除き、ガンからの回復をする上で、大事なファクターだった様です。
それと、週3回、月12回の呼吸法 気功教室での稽古、これもTさんの気 生命エネルギーを高めるのに主要な役割を果たした事でしょう。稽古のない日、つまり、自宅での全身呼吸の稽古は、あまり熱心ではなかったけれど、とにかく、お母さんが見えた時以外は稽古を休んだ日はなかったですね。これが大泣き、つまり、大きなストレスの放出へと繋がって行きました。そして、その都度身体の回復を実感して行く事になります。それは、ガンからの回復を形成して行きましたね。それと、Tさんはいつも寒がっていて、夏でも体を温める事をしていましたね。体温とは生きるための温度です。ストレスにより温度が下がる事を防止することは、生きる温度を確保する事です。これら全てが、Tさんのガンからの回復を形成して行きましたね。
父は91歳です。独りで生活していました。農家なので、自分で車を運転して畑に行き、草むしりをする日々でした。2011年5月19日、畑で転び痛みがあり心配だった様で、接骨院に行ったところ骨折はしていないと言われて安心していましたが、翌朝痛くてベッドから降りられず、私では動かすこともできず、救急車で病院へ行き、検査の結果圧迫骨折が見つかり、そのまま入院となりました。
主治医からは「骨折治療は寝たきりになります。高齢でもある為、自立歩行は出来なくなるだろうし、痴呆になる可能性が高い。」とショックな事を言われました。2日目、父が咳をしていたので、CT検査をした結果、肺全体にポツポツと、また右下には大きいガンらしき影がありました。「高齢なので、開胸手術をして検査もできないし、もし検査をして悪性だとしても治療する事も出来ないです。この状況だと、余命1〜2カ月ですので、このまま退院出来ないかもしれない。」と言われ、更にショックでした。父は転んだだけなので、当然元の生活に戻れると思っている訳ですから、私はどうしても退院させたかったので廣川先生に病院での外気療法と、遠隔外気療法、遠隔気功療法の施術のお願いをしました。父は外気療法や、遠隔外気療法、遠隔気功療法の施術の時に「頭が温かい。」と言ったり「足に風があたる。」と言ったりして、私を驚かせました。
6月中旬、主治医から「尿が出にくくなり尿道に管を入れた際に傷が付き腎臓にバイ菌が入ってしまい、今朝9時から尿が出ていないので24時間以内に尿が出ないと危険です。また、血圧が80を切ると危険な状態になります。そして、残念ながら血圧が80を切ってしまい、危篤状態となり親族を集めてください。また、どの程度の延命治療をするかなるべく早く決めてください。」と言われ、ナースセンター近くの個室へ移動しました。この事を廣川先生に相談したところ病院まで来て下さり、外気療法の施術をしていただきました。少し経って看護師が来て「普通はこの状態になると意識はないのですが、まだ意識があるので、話したい事を話しておいて下さい。」と言われました。6時には通常通り夕食が配膳され、大変そうなので、食べさせた方が良いのか迷いましたが、廣川先生が「体に栄養がないと戦えないよ。」と言われたので、介助して食べさせました。父は危篤状態にも関わらず、半分位食べることが出来、サプリメントも飲みました。9時の消灯まで病院で外気療法の施術をしていただき、その後は遠隔外気療法で一晩中遠隔気功療法の施術をして頂きました。すると、尿が少しずつ出始め、血圧も上がり、翌日には一般病室に戻ることが出来ました。その後も順調に回復し、7月10日に退院することが出来ました。
退院時、主治医からは「肺ガンが進行しているので、余命2〜3カ月です。一カ月もすると咳が出る等、肺ガンの症状が出始めます。その時は、また入院することになります。」と言われましたが、9月に92歳の誕生日を元気に迎える事が出来ました。現在も、遠隔外気療法、遠隔気功療法で週1回施術をして頂いています。真っ白だった髪に、黒い毛が混ざり始め驚いています。廣川先生によると、肺ガンは共存しながら少しずつ回復しているような状態なので、すぐに悪化する心配はないとの事なので安心しています。廣川先生のパワーで、腰の痛みも随分良くなり、痴呆もなくゆっくりながらも自立歩行も出来、自宅で過ごせている父を見られて思いが叶い本当に幸せです。廣川先生ありがとうございました。
呼吸法 気功研究会 主宰 廣川隆志
ガンからの回復の体験
Hさん コメント
呼吸法 気功教室のメンバーSさんから、お父さんが畑で作業中に転んでケガをしてしまったと伺ったのが2010年5月でしたか、病院へ伺って腰のケガの回復の施術をさせていただいたのが、お父さんのHさんの施術のスタートでしたね。少しして、余命1〜2カ月と宣告されたガンが見つかりました。施術の目的はガンからの回復がテーマとなりました。そんな始まりでしたが、6月中旬の日曜日の午後、Sさんから、お父さんの尿道からのバイ菌の感染で大変な事になっていると、お電話があり、病院へ駆けつけたところ、危篤状態のHさんが、ベッドに横たわっていました。血圧も70台でしたね。
すぐに腎臓の動きを体の外から見てみましたが、ほとんど動きがありません。又、丹田(小腸)のパワーも下がってしまっていました。丹田(小腸)をパワーーアップしながら、腎臓に気 生命エネルギーを送る事を繰り返しているうちに、尿が出始め、水の様な尿から、だんだん黄色い尿に変わり、血圧も下がり始めましたね。 命が危ないから「親戚を集める様に」と言われ病室に集まった親戚を前に夕食の時間になりました。食事は、危篤にもかかわらず、流動食ではなくおかゆや日常、私達が食べるメニューでした。そしてSさんの弟さんが食べるものをHさんの口へ運ぶと、危篤のHさんが食べ物をモグモグ噛む様子を集まった親戚の人達が目を見開いて、見守る様子が今も目に浮かびます。
とにかく、Hさんは元気になり、回復しました。ガンの方は少しずつ、施術をしながら、身体への影響が小さくなってきています。ご高齢なので、共存しながら、ガンからの回復をして行く。そんな展開になっています。
第8回 「あなたの会」(2012.3.25)概要
3月の「あなたの会」は、
こんな話し合いがなされました。

第8回「あなたの会」は季楽舎にて、うどやふきのとうなどの春の素材の交った食事をいただきながら始まりました。
パネラー陣の表示
・P−1:高野先生(科学者) ・P−2:木暮先生(医師)
・P−3:西岡(命の料理研究家) ・P−4:廣川(呼吸法指導者・施術家)
・P−5:ゆり「あなたの会」代表
☆みんなの近況☆
Fさん
(ご本人談)大きな体の変化というほどのことはないけれど、ストレスの放出により喉の通りが悪くなってきています。
食欲は変わらないものの、食べるのに少し時間がかかるようになりました。
飲み下す力が必要、そこだけが出てきているように思います。
とりあえず食べられているのでまだいいかなと思っています。
(P−1)とてもすっきりした顔になった。前回はとてもお疲れの雰囲気でしたが、今回、顔のつやもとてもいいです。前は顔がどす黒い感じだったが白くなった感じがする。
(ご本人)やはり薬(抗がん剤)のせいなんかもあるのでしょうか?
(P−4)最初の黒いのは、体は抗がん剤を解毒しなくてはならないから。その解毒の様子が黒く見えているのです。
(P−1)薬飲むのは、酒飲みになったのと一緒で肝臓がやられてしまう。とにかく薬には頼らないことです。
(P−4)Fさんは、良好というよりは体のだるさとか出始めたところですよね?
(ご本人)だるいですね。
(P−4)このだるさが財産。苦しくていやだけど、できれば経験しないまま良くなれれば1番いいけど、そういうわけにはいかない。身体は内部に溜まったストレスを身体の外に出しながら病気の回復を行う。身体が悪いのに症状が出ないのが1番いけない。
Fさんのガンは、肺に出ていますが、気管や食道に強い影響が出ています。
食道の蠕動運動がストレスによってレベルダウンしているので、飲み下す力が低下してしまっています。もう少し強くなると思いますので、対処する方法も準備しておく必要があります。やわらかく飲み下しやすくして食べる等・・・。
(ご本人)これからしばらく続くんでしょうか?
(P−4)これからもう少し強くなって、もっと病人ぽくなります。
ステージ4だとストレスの量が結構あるので、1ヶ月2ヶ月ですっきりするということではないですね。
今の段階は、ガンの療法の導入をし始めたところで本論に入る序章の終わりくらいですね。
病人らしくならないで終わる人もいるので、必ずしもこうなるとは言えませんが…。
Tさん
(ご本人談)11月から12月くらいに歩けなくなってしまいました。今は走るのはちょっときついけれど歩けます。
今の様子を言葉にするのは、ピンと来ないのでいつも困る。
(P−4)ストレスを放出する体にはなってきています。ストレスの残量はわからないんです。残量がわかれば神様なんだけれど、どのくらい残ってますというのはわからない。ただ強さで収束に向かっているなとかって言うのは身体的に見当がつきます。体調もどんどん良くなってきても、まだ腫瘍マーカー上がるんですよね?
(ご本人)あがりますね。
Sさん
(ご本人談)先日病院にCTの検査の結果を聞きに行きました。主治医からは「ガンが転移して、半年でこんなに大きく(こぶし大)なってしまったし採血の結果から見ても、悪性と言っていいと思います。この病院で提供できる治療は、抗がん剤か放射線です。」
しかし私は今までと同様に抗がん剤・放射線治療はお断りしました。すると、主治医もその答えを“わかっていました”とばかりに「これから必ず痛みが出てきます。緩和ケアという面でもホスピスをお勧めします。昔は県内に1つしかありませんでしたが、今はいくつかできてきています。ご自宅近くにもあると思いますので、ホスピスの資料をもらって帰ってください。」とのことでした。
(P−1)資料もらって来たの?
(ご本人)いいえ、もらってきません。
(P−1)もらってきて、証拠にしたらいいんだよ。こんなに元気なのに必要ないよね。
(P−4)身体がどうかっていうの診ないとこれは決定的ですよね。それに診られないんですよね。
Sさんの今の様子は新潟大学の安保先生の言う、ガンが回復する時、大きくなったり、転移したりする―免疫学問答@より引用 に該当すると感じます。
ガンからの回復という結果をもって答を出しましょう。
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安保徹著 免疫学問答より 『転移は治る前兆』
安保 ガン患者は転移を非常に恐れます。だが、転移はガンが治る前兆なのです。
無能 ひぇー、またまたびっくりしました。完全に常識はずれの意見ですな。
安保 これは福田稔先生の意見なんですが、今では私も同調しています。転移が起こったと思わ
れる時期に、いく日間か患者は発熱し、からだがだるくなります。そしてその後、ガンは
小さくなっていくという現象があるのです。
無能 なぜそんな現象が起こるのでしょうか?
安保 これは、胸腺外分化T細胞がガン細胞を異常自己と認識し、これを攻撃したために起こる
現象と考えられています。リンパ球はガン細胞を破壊する蛋白質を使って、ガンと戦ってい
る。その影響で組織周辺に炎症が生じて発熱するのです。
無能 それでは、それはガンを治すための免疫力の戦いじゃないですか!
安保 その通りです。ところで、ガン細胞は熱に弱い性質がある。転移の発熱は、いわば人間の
からだに備わった天然の温熱療法と言えます。やがてガンはリンパ球に打ち負かされ、そ
こから散らばって逃げ出す。つまりこれが転移です。
無能 すると、逃げ出した、つまり転移したガンはどうなりますか?
安保 転移先のガンは小さくなっている。リンパ球はこれを追いつめ、殺してしまう。
そして、元のガンの巣も自然退縮するに至るのです。
無能 まさに、めでたしめでたしですな。
安保 ところが、そうとばかり言っていられない場合もあります。
無能 とおっしゃいますと?
安保 それはからだがせっかく戦っている時に、解熱剤を使って熱を下げたり、免疫力を下げたりする誤った治療を行えば、ガンは転移した先でぬくぬくと生き延びてしまうということ
です。これでは転移は命取りとなる。
無能 大変だ。そのことを、ほとんどの人は知らない。
安保 転移を武器にするには、副交感神経を刺激してリンパ球を増やし、熱を下げないようにす
ることが何より大切なのです。ガンは免疫力だけで戦える。医師を含めて大勢の人が、免
疫力だけではガンは治らないと考えています。だが、これは誤りです。そもそも人がガン
になったのは免疫力が落ちていたからで、リンパ球がしっかり働いていなかったからなの
です。
無能 そこで人は、リンパ球がしっかり働いてくれるような体調でいる必要があるわけですな。
そしてそれが健康であるということでもある。
安保 多くの人は、ガンが自然退縮するのは奇跡だと考えています。だが本来、ガンは自然退縮
するのが普通なのです。それには、まず副交感神経優位型の生活をすることが大切です。
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今のがん治療に対する医療は?
腫瘍マーカーやいわゆる検査数値などに振り回されて、患者さんを見ていない医療。
ガン治療に大事なのは、交感神経の緊張の度合い、免疫細胞である顆粒球、リンパ等のバランス等、それらを見ずに腫瘍マーカーだけで判断するのは、現在の医学の到達点からすると、大変幼稚な臨床の場面と言わざるを得ない。
医師は言葉を選ばなければならないですよね。岡田良さんに向けられた言葉、「生きているのが不思議。」体が元気になって来ているのに「ホスピスに入るのにベッドの空きがないと大変だから、予約をしておいた方がいいですよ。」等々。あと患者さんに決定的なダメージになることは言ってはいけないのではないかと思います。
実際Nさんは「生きる希望はありません」とはっきり言われる気分だったと話していました。
「お医者さんはメスと薬と言葉で殺す」本当にそう思ったと話していました。
多くの患者さんは、「本当に数値でしか判断されない。」患者は生身の人なのに機械と話しているかのように感じる。だから、大事な命を宿す大切な身体を、多面的な指標で診てほしいのです。
Yさん
(ご本人談)夕べ私の乳ガンに触ったら、小さくなってきているものの微かにある感じがした。もう少しな感じです。
(P−4)ステージが初期だからゆっくり小さくなる場合がある。ある時期から急に小さくなる場合もある。
ガンが回復していく主流は後者です。前者の場合時間がかかることが多い。呼吸法の稽古の対気(気の交流)で動きが変化しています。気・生命エネルギーが増えつつあります。
Hさん
(男性・遠隔のみ)
病気発覚当時、余命1ヶ月と言われたけれど、それから2年以上93歳になった今も元気に生活しています。
当時医師からは「ホスピスとか予約しておかないとすぐに入れないから、早く予約しておいてください。」と言われました。本人の髪は以前より黒くなってきています。まだホスピスの必要を感じることはないです。
白血病もなんとかなる可能性ってありますか?
白血病はまだ施術をした人が2人で…。そのうち、1人はリタイヤ、そのリタイヤした人は、口呼吸がひどいので口にテープを貼るよう伝えたところ、テープの貼ったところに一晩でカビが生えてしまったということがありました。
チャレンジし続けたもう一人の方は、熱を出したり、幾つかの症状を出しながら回復しました。基本的には大丈夫です。
病気にもその人のペースがあるので、その人のペースがわかるのに1ヶ月から2ヶ月かかります。そうすると大体こういうパターンで回復していくなというのがわかりますので、その人のペースに合わせて施術をします。
遺伝子が異常でなる病気の場合100%回復するかわからないけれど、残念ながら遺伝子なりの回復しかできません。
Hさん
(女性)
最初ガンになった原因が何かわからなかったけれど、最近わかり始めました。
介護士をされていたので、夜勤があったので昼夜逆転の不規則な生活があったからで交感神経の緊張が強くなってしまった。
ストレスの出方は、腰と胸から出ているのがメイン。ガンから回復の流れに入りつつあるところ。
Mさん
(女性)
ガンは検査しなくていいというところまでいっているが、より良い体作りの為、施術と稽古をされている。
発端は、息子さんに対する心配事がたくさんあったこと。2回目は、昇進による仕事の変化によるストレス。今かつての心配のストレスが出ているところ。
Mさん
(男性・遠隔のみ)
2年前にガンを切除している。ガンは切ったから無いだけなので、ガンにならない体作りのため施術をしています。
会社役員なので、ストレスが大きい。施術は週2回だけれど病気の力と回復の力が拮抗している感じ、積極的に自らに働きかけ元気な身体になってほしい。
Iさん
去年より花粉症がすっと軽くなっている。365日休めない仕事のある生活をしていたのでガンになってしまいました。休みたくても休めないという強力なストレスと日々出合いながらの生活ですが、去年から見たら別人のようです。再発ガンができましたが、体全体が元気になっているので、回復する前の現象のように思います。
化膿と消毒のトレンドに変化!
毛穴は穴なので、そこからばい菌が入れば傷がなくても化膿してしまいます。
消毒ははやらない。消毒液は強いので、皮膚への障害・刺激になってしまいます。
アルコール綿でかぶれる人が多いのと、アルコール綿で拭くことに意味はないです。いまだ採血するときにアルコール綿を使うのは、採血する側の癖のようなものなので、意識に対する意味はあっても、感染に対する意味はありません。抗がん剤が効く?効かない?
遺伝子解析で、一番代表的なのはKRSという遺伝子のタイプがあります。その野生型と変異型というのに日本人も大まかに別れていて、それによってある種の抗がん剤に対して効く人効かない人に分けられる。
乳がんなどはHER2レセプターがあるかないかで、ある場合はそれに応じた化学療法がいいですし、ない場合には抗がん剤が効かないので、ホルモン療法がいいということがわかります。
今までみたいにやってみるまでわからないというリスクを減らすことができます。
ガンの転移はどの様に?
空間移動はしないです。血液かリンパの流れに乗っていくかですね。
リンパの場合、リンパ管という明確な管があるわけではなくて、細胞と細胞の隙間みたいなところを流れる様になっています。
リンパ節は比較的太いリンパ管に隣接してある臓器です。リンパの流れとリンパ管の流れは必ずしも一致していないので、リンパは得体不明ですね。
ガン細胞自体は物ですから、血流とリンパの流れのところに強力なストレスの流れと合流して、物の流れと、ストレスの流れの重なったところにできます。
病気ってなんだろう?
病気になるのは必然な気がします。何をもってして病気というのか。何が正常で何が異常かということなんでしょうけれど…。医師をやっていても、病気って何?って言うのは本当にわからないです。
たとえば、健康とはとかっていう定義もWHOが引き合いに出されますけど、結局あれも定義してないんですよね。
・社会的に健康であること・身体的に健康であること・精神的に健康であること・霊的に健康であるということ。そうではなくてその“健康であることって何?”って聞いているのにという感じです。だから病気も何が病気なのか、これが病気っていう定義の仕方ってないんですよ。
ある人によって具合が悪いって言った時に、ある人にとっては具合が悪いことではないこともある。
風邪を引いて熱があるのも病気なんでしょうけれど…。
病気とはっていう定義はなされていないし、誰かが「これを持ってして病気というんだぞ」と言ったところで、たぶん賛同する人はいないだろうと思います。
病気と病(やまい)は同じか?
漢字は同じ字ですね。病(やまい)って言ったときと病気って言ったときって何か違いませんか?
病気って言われるとお医者さんとくっつく感じ、病(やまい)って言うのは“恋の病”とかもあると思います。
〜病・〜症・〜症候群という差は何?
それは名称の問題です。
順番で言うと〜病が一番狭い、〜症の方が少し広い、〜症候群はもっと広い。
たとえば、パーキンソン病というのは、非常に厳密に規定されていて“脳の中のドーパミンが減る状態であって、それが特に淡蒼球に集中している”とかという細かい決まりがある。
しかし、パーキンソン症というのはないのですが、パーキンソン症候群というのがあって、たとえば手が震える、関節が動きが悪くなる、歩行障害が出る、顔面に表情がなくなるなどの症状を備えたものを全部ひっくるめてパーキンソン症候群といいます。
※この呼吸法や外気療法という方法論は、細胞レベルで身体の活性化が始まり生命力が強まると、必ずストレス(生きる営みを妨害する一切の物・エネルギー)を放出することになる。その際に体が痛みや炎症などの症状を起こし、身体の臓器や部分に治癒反応(好転反応)を起こしたりしながら良くなっていくのです。そのときに対処が必要になったりする場合もあります。
※ガンの転移はどの様に?
※病気ってなんだろう? などのテーマは、もう少し掘り下げて話し合いたいテーマの様に感じました。別の機会に準備をして話し合いましょう。
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