人類文化の発祥と共に姿を現した呼吸法(気功)。その歴史は5,000年とも6,000年とも言われています。古代エジプトでの太陽神、ラーを祀る司祭が初期の実践者と言われています。
その後、古代エジプトの文化は、数千年の時を経て、姿、形を変えながら、ゆっくりと東へ伝播して行き、古代インドにバラモン教の形で伝わった頃、呼吸法 気功はプラーナを捉えるバラモンの修するヨガとしてその姿、形を現します。
又、私達、東洋の文化に深く影響を与えることになる、仏教の誕生と共に、呼吸法 気功はさらに多くの人々に実践されます。ブッダの実践した成仏法を求めた修行内容の約、2/3は呼吸法 気功だったと言われています。
その後、根本二大分裂により、二つのスタイルに分かれた一方の仏教が、さらに東へと、呼吸法 気功を日本へ運んできます。遣唐使当時、日本に入って来た当時は瑜伽と呼ばれ、後に禅定力を求める仏教僧の身体行、禅として実践され、定着してゆきます。(実はこの呼吸法 気功の日本への伝播の旅は古代エジプト発だったのです。)
又、中国気功の様に、宗教、あるいは、宗教から離れた方法論に影響されながら、その地で独自に、あるいは引き継がれながら、発展をしてきたもの。(中国で導引、吐納などの流れを汲むもの。1958年〜59年以降は気功の呼び名に)私達、呼吸法 気功研究会の呼び名は、我が師、西野皓三先生の創始された、「西野流呼吸法」細胞レベルからの強力な身体開発法、をベースにさせていただき、呼吸法 気功研究会の発足当時、身体開発法としての、呼吸法という言葉は日本ではほとんど、知られていない言葉であった為、一般の方にどんな、ことをやっているのかご理解いただく為、同じジャンルである、気功(中国語で呼吸の意)1972年、ニクソン訪中時に、ニューヨークタイムズ紙のレストン記者による自ら、現地で受けた針麻酔や気の報道により、世界的に中国での気功が話題になりました。また、この時、気功という、中国でもまだ、比較的、新しい呼び名の、中国、古来の身体養生法、「気功は」世界的に知られる様になりました。私達の呼吸法 気功研究会の「気功」もこの意味合いで使っています。ですから、日本語の身体開発法としての「呼吸法」、中国での身体養生法としての「気功」を並べた、日本語だけで表現したら、私達の呼び名は、呼吸法 呼吸法研究会ということになります。
又、突然変異のように従来の歴史的な流れに束縛されず、一人の天才によって洋の東西を含めた身体文化の究極の姿として「身体の動きの神髄を捉えた。」結果、「身体開発法」として誕生した、「西野流呼吸法」は、私値の呼吸法 気功教室の呼吸法メソッド(方法論)の基礎となりますが、内外に注目されながら、現在、世界のライフサイエンスや日本の医学界にも影響を与えながら、今、尚、発展しつつある方法論等様々です。
一口に呼吸法 気功と言ってもその内容、方法論は千差万別です。そして、方法論の種類の多さに比べ、強力な気・生命エネルギーを身体で捉え(体現)自在にコントロール出来る、指導者やメソッド(方法論)の少ないのも事実です。
